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1982年10月19日。高校生になったばかりの頃だと思う。田舎の高校生だった僕は当時台頭していたニューウェーブブームメントに激しく触発されてその手の音楽に飢えまくっていた。田舎で一人っ子という純粋培養されていた僕に新しい価値観とスタイルを提示してくれていたその手の音楽はすごく魅力にあふれているものだった。
(書き始めていうのもなんだけど、かなり酔っぱらっているので支離滅裂な文章、誤字脱字はご勘弁下さい。)
カイトランド(京都の無料情報誌)だったかエルマガジンだったかで、当時人気のあったゼルダという東京の女性ニューウェーブバンドが同志社大学の学園祭のイベントにやってくるというので午後の授業をそっと抜け出して見に行ったのだった。
会場に行ってるみと、ゼルダ目当てのオシャレなオネーサンやオニーサンが沢山いて田舎の一介の高校生は萎縮してしまっていたのだが同時に初めて目にするであろう東京の音楽シーンの最先端(?)にドキドキワクワクしていた。
今思えばすごいのかもしれないけど、INU!(町田町蔵)も出ていてすごく貴重なイベントだったんだけど町蔵は1曲しかやらずふてくされて帰っていったり、それを見たスタッフらしき人があわてていたり何がなにやらわからない不思議な空間だった。
で。
トリのゼルダの前にコクシネルというバンドの演奏が始まった。
特に特異な演出もなく、衣装も普通でただただ普通のロックバンドという風情だったのだけれど、演奏が始まるとその風情通り普通のルックスのままに、特異な演出もアレンジもない一見普通のメロディーとリズムと歌声が物凄い存在感と透明感を持って会場を支配しているのに気がついた。いや、気付かないうちにそうなっていた。
たしか、1曲目が終わった頃周りに座っていた客のオネーサン達がボソボソとなにやら会話を始めて、僕も只ならぬ感じを受けたのでゼルダを撮る為に持っていたアイワカセットボーイ&外部マイクを握り締めて録音ボタンをオンにしていた。
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コメント by 荒川自転車研究所・萩原です — 2012年2月19日 @ 11:08 PM
おや、あなたもですか。わたしに言わせれば、コクシネルこそ、この地球に唯一無比の孤高のバンドですな。ええ、誇張でなく。
わたしの場合、思い起こせば1984年、東京は法政大学学館ホールが初体験でした。でも、正直言って、演奏はよく覚えていないのですよ。ただ、いままでに感じたことのない「浮遊感」の中を夢見心地でふわふわと泳いでいたことと、赤い人民服を着たセツさんの凛々しかったことは忘れられません。
コクシネルの曲で特に好きなのは、
●「三角レコード」に収録されている「壁」…セツさんの言う「寂しさをともなった喜び」を感じさせる サウンドがたまらなく好きです。今は亡き小島さんのヴァイオリンもファンタスティック。
●「くっついて安心」に収録されている「夜の歌」…池田さんの、きらめく星空のようなギターと、セツ さんの語りかけるようなヴォーカル。名曲中の名曲です。夜、漆黒の荒川ぞいをロードバイクで走って いると、必ずこの曲が頭に浮かんできます。
●「少年の木」に収録されている「記憶」…これぞサイケデリック・サウンド。
もう、音楽は、コクシネルだけあれば、ほかのはいらないや、ってくらいですね。
コメント by Cript_Sugimori — 2012年2月20日 @ 1:35 PM
まさしく孤高のバンドですね。
昔、何かの記事で「ライブはやりたくてたまらなくなったときだけやる」的な事を書いていたのを読んで、成り上がり志向が本当にないんだな。純粋に音楽に向かっているだけなんだな。と、すごく感銘を受けたのを思い出します。
こういった音楽を若いときに聴いていると、商業ベースで流通している音楽っていくら出来がよくてもなにか素直に受け入れられない、ひねくれた根性をもってしまうのが玉にキズですが^_^;
でも、おかげで大事なものを今でも忘れられないでいるのだとも思います。
しかし、ロードバイク乗りの方でこんなマイナーな音楽を聴いている方が他にもいらっしゃるのは何か不思議な感じです。